その日、カカシは久しぶりに四代目に呼び出されて火影邸へとやってきた。
四代目はいつものように苦手なのであろう、書類と格闘していた。だがカカシの姿を見ると視線をカカシに向けた。

「元気そうだね、カカシ。うみのさんとの生活はどうだい?」

「ええ、ちゃんと順調ですよ。四代目は自分でもたまにうみのさんに会いに行ってるんじゃないんですか?」

「あれ、知ってたのか。でも最近は本当に忙しくてなかなか会えないんだよね。もうすぐ子どもも産まれるって言うのにさあ。」

四代目はため息を吐いた。少々痩せたか?カカシは最近少し気になっていたことをこの男に言うか言うまいか思案した。これ以上心配事を増やしたら骨と皮だけになるかもしれない。そんな憔悴振りだった。

「カカシ、何を考えてるの?そんな微妙な顔されたんじゃ聞くに聞けないんだけど。」

ばれていた。観念にして正直に話すことにした。

「実は最近うみのさんの様子がおかしくて。たまに何かに怯えているような、それでいて殺気立っているような。もしかして禁術の後遺症なのかとも思ったんですが、それでもその状態が長く続くわけじゃなくて、大抵は普通にしているから判断がつかなくて。」

それを聞いて四代目は目を見開いた。

「あ、やっぱりまずかったですか?」

もう少し早く報告するべきだったかとカカシは後悔した。だが四代目は首を横に振った。

「いや、そのくらいで済んでいるということに驚いているんだよ。もしかしたら無理矢理にでも結界を破って暴れ回るんじゃないかと思っていたから。」

それを聞いてカカシは眉根を寄せた。その言い方ではまるで、

「四代目、それ、どういう意味ですか?」

四代目は視線をカレンダーに向けた。そろそろ10月になる所だった。

「カカシ、君の思うように動きなさい。」

四代目はカカシに笑顔を向けた。だが目は真剣みを帯びていてこれ以上の問いかけを拒否していた。それだけ大事ということなのだろう。カカシは頷いた。

 

それからカカシは隠れ家へと帰ってきた。手には買い物袋を提げている。いつものように戸を開けて中に入ると、うみのが部屋の隅っこでクナイを持って佇んでいた。
カカシは荷物を落としてうみのに近寄っていった。だが一歩手前で立ち止まる。うみのの視線の先には何もないというのに、うみのは虚空を見つめて目を殺気でみなぎらせていた。
カカシの存在すらその目に映ってはいない。こんなことは始めてだ。最初に起きたときですらカカシの存在には気付いていたのに。

「うみのさん、」

カカシの呼び掛けにも答えない。遠くへ行ってしまうのだろうか、オビトやリンのように。
カカシはそっとうみのの体を抱きしめた。抵抗はない。己の存在はそれほどうみのには影響していないと言われているようで、カカシは悲しくなる。

「俺、うみのさんが好きだよ。このままこの生活がずっと続けばいいと思うくらい、うみのさんは俺にとって大切な人なんだよ。」

だから戻ってきてほしい。そう思ってカカシは抱きしめる腕に力を込めた。うみのの体は硬く引き締まっていて、今は緊張に凝り固まっている。
カカシは何度も何度もうみのを呼んだ。それからどれくらいの時が過ぎたのか、カラン、とうみのが握りしめていたクナイが落ちた。
カカシはそっとうみのの顔を覗き込んだ。うみのはぼんやりとカカシを見ていた。その目にちゃんとカカシが写っている。

「うみのさん、」

かすれてしまったカカシの声にうみのの感情の揺らぎが戻る。

「カカシ、」

その言葉にカカシはほっとした。

「お腹が空いたよ、うみのさん。」

しなだれかかるようにしてうみのの首に腕を巻き付かせたカカシ。うみのは少し笑ったようだった。

「育ち盛りの子どもを飢え死ににはさせられないな。」

そう言ってカカシの腕をそっと解き放した。

「死なせは、しない。」

うみのはそう言って戸口の近くに落ちていた買い物袋を拾って台所へと向かった。
カカシは未だうみのの体温が残る自分の手を見つめた。無くしたくない、この温もりを。二度と後悔したくない、あの日のように。
守りたい、この手で。大切な、人だから。
カカシはぐっと手を握りしめた。

 

それからうみのは度々意識をもうろうとさせては臨戦態勢を取るようになった。何が原因なのか理由も分からない。火影は教えてくれない。だがカカシが抱きしめていればやがてその状態は解除された。
四代目は結界を破って暴れると思っていたと言っていた。それだけうみのの精神状態は不安定で、そしていつ暴走するか分からないのだ。
カカシは任務以外はずっとうみのの側にいるようにした。
いつ治るか分からない、もしかしたらずっとこのままかもしれない。だがカカシが抱きしめれば治るし、それにうみのは最後にはカカシをちゃんと認識してくれるのだ。
カカシは大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせた。
うみのには俺がずっと付いている。俺がずっと守っていくから、だから、心配しなくていい。
カカシは、いつしかうみのの事を特別に思うようになっていた。オビトやリンや四代目とは違う、それは確かに何をも捨てても相手のためにと思う心だった。静かに、心に広がる波紋のようにカカシの中にその感情は染み渡っていく、本人の自覚のないままに。